勉強においては国語と数学が全ての基本である

勉強

今回は「勉強においては国語と数学が全ての基本である」という話です。

これは私が家庭教師や塾でバイトしていたときに感じたことから着想を得ています。

読み書きそろばん

「読み書きそろばん」という言葉があります。

読むこと、書くこと、計算することが勉強の基本であるという意味の言葉です。

この言葉の背景としては、昔は文字を読めない人や文字を書けない人、計算ができない人もいたということもあるような気がします。

小中学校の義務教育がある今では考えられないことかもしれませんが、そういう時代もあったのです。

また「読み書きそろばん」は現代ではできて当たり前な基本的なことみたいな意味で使われることもあるようですが、この3つの能力は個人差が大きいです。

それぞれ、読めない人、書けない人、計算できない人がいます。

もちろん、現代の日本は途上国のように識字率が低いわけではありません。

しかし、「読めるけれど深い読みができない」とか「表面的に文を眺めるだけで文脈が読めない」人はたくさんいます。

Twitterでよく見る「読めない」人たち

Twitterのクソリプは、この「文脈が読めない」人が可視化された状態とも言えます。

以下に、例としてジェット・リョーさんの「クソリプの分類」を貼っておきます。

元の投稿は、人間がネット上で互いに悪口を言い合っているところを、ゴリラの行動に喩えて皮肉っているものです。

この投稿に対して、文脈を読まずに表面的に反応して意味不明な返信をする人がいるんです。

自己顕示種、誤解種、イチャモン種、マジキチ種の4つが載っています。

特に学習においては誤解種が問題です。

もちろん、こういったおかしな返信は極端な例ですが、「読み書きそろばん」の「読み」が正しくできない人はいるということです。

国語力(1) 読むこと

塾などで国語の勉強を教えていても、問題文の意味を勘違いしていて見当違いの答えを書いてしまう生徒は珍しくありません。

文章を読むというのは対面で人とと話すのとは違って顔の表情を読むことができないため、相手が何を考えているのか推測しながら読むことが必要です。

それなりのレベルの高校でも国語の問題を「勘で解いている」と豪語する学生も少なくありませんが、勘で解いているというのは読解力が足りないことに他なりません。

国語力(2) 書くこと

次に「読み書きそろばん」の「書くこと」についてです。

書くことは自分の思考を表現することです。

また脳内の情報を整理して人に伝えることです。

人にわかりやすく伝えるためには、自分の頭で考えた内容を整理する必要があります。

自分の考えが整理されていない状態で書き始めると、相手にうまく伝わらないことがあります。

ここでまた「読み書きそろばん」の中で「書くこと」の位置付けを考えてみましょう。

昔の「書けない人」というのは、ひらがなが書けない、漢字が書けないという意味だったと思います。

しかし、義務教育を受けていれば、ひらがなが書けないことはありません。

漢字は人によって差はあるものの、小中学校で習う漢字は多くの人が書けます。

現代の日本で問題になるのは、「文字は書けるが内容が論理的でないこと」です。

よくあるのが論理の飛躍でしょうか。

論理の飛躍については、以下のサイトによくまとまっています。

疑う技術|論理の飛躍を見破る6つの方法

このように、書くことは思考を表現することであり思考の精度が試されることです。

だから難しく、失敗する人が多いのです。

なぜ読み書きは難しいのか

これまで読むことと書くことについて見てきました。

では、なぜ読み書きは難しいのでしょうか。

一つの考えとしては、「読み書きは抽象度が高い行動だから」といえます。

先ほど少し触れましたが、読み書きは対面のコミュニケーションではないことが多いです。

国語の問題を解くときは、書き言葉の文章を読んで理解し、自分の頭で考えて答えを書きます。

この過程で読み間違いや思考の混乱が起きると誤った答えを書いてしまいます。

対面のコミュニケーションであれば、相手の顔の表情から相手の感情を読み取ることができます。

しかし、書き言葉をやりとりするときは相手の表情が読めません。

人間は相手の表情から多くの情報を得ており、それが文脈の理解に役立ちます。

人間の生物としての進化という視点から考えれば、対面のコミュニケーションが本来のコミュニケーションのあり方です。

しかし、人間は文字を発明したことにより対面でなくても意思疎通ができるようになりました。

文字の使用により文明は発達しましたが、人間の脳はその文明の発展に追いついていません。

人間の脳は遺伝子レベルでは原始時代からあまり変わっていないとされていますから、文字だけのやりとりという少ない情報量で意思疎通をするのは大変なことです。

文字でやりとりをするということは、顔の表情や声色などの重要な情報が欠落した状態で意思疎通をするということであり、生物として極めて高度なコミュニケーションといえます。

だから、文字を読み書きするということは高度かつ抽象的なコミュニケーションなのです。

そのため、抽象的なものごとを扱うトレーニングを十分に受けていないと読み書きで失敗します。

この高度なコミュニケーションを私たちは毎日のように行っており、日常生活ではさほど困らなくても、国語の問題となると難しくなります。

数学力(1) 速くて正確な計算ができること

では、「読み書きそろばん」の「そろばん」、つまり計算力はどうでしょうか。

実は、学生だけでなく社会人でも掛け算の九九が怪しい人もいます。

仕事の内容によっては、計算ができなくてもやっていけますし、それで生きていけないわけではありません。

日本の義務教育というのは「保護者が子に教育を受けさせる義務」であって、小中学校に通った子どもの学力を100%保証するものではありません。

個別指導塾でバイトしていたときも、中学生で九九が怪しい子がいました。

6×9=54というところを

6×9=51とか言っていました。

地方の公立学校だと、低学力層には九九ができない生徒もいるのです。

このブログの読者は九九くらいできると思いますが、二桁の掛け算を暗算でできるでしょうか。

74×57

28×93

68×32

この計算が、どれくらいのスピードでできますか?

この計算に時間がかかっているようだと大学受験も困難が予想されます。

小中学校レベルの計算が速く正確にできるというのは勉強においてとても重要なことです。

中学受験で高偏差値の学校に受かった人は計算力が高いと思います。

そして、東大合格者に中高一貫の進学校出身者が多いこととは計算の基礎能力と関係があると思います。

数学力(2) 抽象的なものごとを扱う能力

勉強において、計算力以外にも数学で鍛えられる重要な能力があります。

それは「抽象的なものごとを扱う能力」です。

誰でも、具体的で日常生活に関わる問題は解きやすいでしょう。

例えば、

Aさんはりんご3個とみかん5個を買いました。

Aさんは果物を合計何個買ったでしょうか。

この問題だったら

3+5=8

答え 8個

ですね。

では、

Aさんはりんごとみかんを合わせて15個買いました。

りんごの数はみかんの数より3個少ないです。

Aさんが買ったりんごの数はいくつでしょうか。

という問題はどうでしょうか。

この問題の解答は

りんごをx個、みかんをy個買ったとする。

① x+y=15

② x=y-3

①と②の連立方程式を解いて

x=6, y=9

答え (りんごの数は)6個

です。

しかし、こういった問題は日常生活ではあまり見かけません。

なぜなら、りんごとみかんを買った時に

「りんごの数はみかんの数より3個少ない」という情報を知っていて

りんごの数を覚えていないというのは不自然だからです。

普通は個数の多少より具体的な個数を覚えているはずです。

算数・数学の問題は、学年が上がるにつれてだんだんと複雑になります。

xとかyとか、y=ax+bとか色んな文字や式が出てきます。

そうすると挫折する生徒が増えるのです。

算数・数学の学習は、最初は具体的で生活に密着した問題から始まります。

りんごが何個、みかんが何個といった具合です。

しかし、学年が上がるにつれ「みかんやりんご」が登場しなくなります。

具体的なものが減り、xやyといった文字を扱うことが増えます。

そうすると、りんごやみかんを使わずにxやyを頭の中で操作する能力が必要になります。

この能力が「抽象的なものごとを扱う能力」です。

数学で計算力以外に鍛えられるもう一つの重要な能力というのは、この「抽象的なものごとを扱う能力」なのです。

ちなみに、小学校のカリキュラムでは、小学4年生くらいから問題の抽象度がアップします。

私も、算数が嫌いになったのは小学4年でした。

私が今でも抽象的なものごとを扱うのが苦手なことと、小学校の経験は何か関係があるのかもしれません。

勉強においては国語と数学が全ての基本である

この記事で皆さんにお伝えしたかったのは、勉強においては国語と数学が全ての基本であるということです。

国語と数学の具体的な能力としては

文脈を読む力
論理的に考え、書く力
計算力
抽象的なものごとを扱う能力

の4つです。

この基礎的な能力をしっかりと鍛えていけば、どの教科にも通用する土台ができます。

逆に、これらの能力が不十分なまま理科、社会に取り組むと成績が上がりにくいです。

また英語も、「文脈を読む力」や「論理的に考え、書く力」が必要です。

塾や家庭教師のバイトをしていてよくあるのは

数学が苦手だと言われ数学を教えていたら、文章題の意味を理解していない
理科が苦手だと言われ理科を教えていたら、問題のイメージができていない
といったケースです。
 

「数学ができないと思っていたが、国語もできなかった」ということは本当によくあります。

また、「化学や生物が最初は得意だったのに途中から苦手になった」人は学習内容の抽象度アップについていけなくなったのかもしれません。

そして私のように物理が苦手だった人は、抽象的なものごとを扱う能力が足りない可能性があります。

この記事では計算力を主に取り上げましたが、数学においては図形など「空間認識」能力も重要です。

これらの力が足りない自覚のある方は、意識して能力を訓練していく必要があります。

この問題は非常に根が深く、1ヶ月や3ヶ月くらいでは解決が難しいです。
 
勉強に関する基礎能力をアップデートするには半年、1年はかかります。
 
 

これから受験や仕事に挑戦される方は、できるだけ早く

文脈を読む力
論理的に考え、書く力
計算力
抽象的なものごとを扱う能力

を鍛えることをおすすめします。

具体的な解決策は個人によって変わります。

私は

大量に本を読んで感想をノートに書くこと

小論文の問題を解いて先生に添削を受けること

小中学校の算数・数学をやり直すこと

様々な話題に対して思考を整理して相手に伝わるように話すこと

が効果的でした。

社会人であっても、ロジカルシンキングの本を買うより

これらのトレーニングの方が長期的に役立つと思います。

基礎能力の向上に関しては、どんな学習者に対しても特効薬はありません。

国語力・数学力が足りないという自覚のある方は半年・一年くらいは覚悟を決めて訓練されのはことをおすすめします。

以上、「勉強においては国語と数学が全ての基本である」というお話でした。

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