自分の無力さを知った瞬間

渋谷スクランブル交差点人生

こんにちは、やまちゃんです。

 

今回は自分の無力さを知った瞬間について書きます。

 

私は大学の春休みに東京の渋谷で遊んでいました。

3月末、私はTwitterで知り合った大学生の友人と一緒に渋谷駅の周辺をフラフラ歩いていました。

 

昼過ぎになると、友人は用事があったため私たちは一旦別れました。

それから、私はあてもなく駅の周辺を歩いて暇つぶししていました。

 

私はしばらくすると歩き疲れ、忠犬ハチ公像の反対側の歩道で生垣のところに座りました。

 

すると、隣に座った1人の若い女性に声を掛けられました。

私はその時暇だったため、その女性の話を聴きました。

 

その女性はリエと名乗りました。

リエは20代の女性で、ちょうど彼氏と別れたばかりでした。

 

彼女は彼氏に振られて傷心だったらしく、荒れながら酒を飲んでいました。

私はその話を聴いて軽く驚きながらも彼女の身の上話に耳を傾けました。

 

話を聴くうちに、話題は私がなぜ渋谷をフラフラしているのかということに移ってきました。

 

また私の友人が私を置いて1人でどこかに行ってしまったのを失礼だと言いました。

私は別に気にしていなかったのですが、彼女は「あいつは最低な男だ」と思ったそうです。

 

そして、私は「こんなところでフラフラしてないで自分のやるべきことをやれ」と説教されました。

しかし、目的もなく渋谷の街で時間を潰しているのは彼女も同じです。

私は彼女の話を説得力がないなあと思いながら聴いていました。

 

すると彼女は「私はやりたいことを後悔しないでやると決めた」と語りました。

実は、彼女は病気の身で余命が残り短いのだといいます。

 

残りの人生が短いからこそ、好きなことをやって生きるのだそうです。

 

私はその言葉を聴いてショックを受けました。

私はそのとき「死」というものと向き合ったことがありませんでした。

 

もし残りの人生が短いと知ったら自分は何をするだろうか。

そんな風に真剣に考えたことはありませんでした。

 

ネット上にある名言に「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」という言葉があります。

その言葉を聞くと、私はスティーブ・ジョブズのスピーチを思い出します。

 

私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

日経新聞 「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳

 

私もこのスピーチが好きで時々聴いていました。

しかし、今日が人生最後の日と言われても実感が湧きませんでした。

 

渋谷をフラフラしていたときもそうです。

冷静に考えたら、今日が人生最後の日なわけがありません。

 

いや、今日突然交通事故や病気で死ぬ可能性はゼロではないかもしれない。

しかし、その確率は1%もないでしょう。

 

私個人としては、限りなく0に近い確率で起こることを気にしていたら生活できません。

 

ただ、リエの話を聴いたとき「今日が人生最後の日だったらどう生きるか」ということが少しずつ実感をもち始めました。

 

通常、「残りの人生が短いと知ったら何をするか」ということを想像するのは困難です。

なぜなら、生きている人で死を直接体験した人はいないからです。

 

誰も死を自分の体験として語ることはできません。

多くの場合、人が死を意識するのは自分が死にかけたときではなく身近な人が亡くなったときです。

 

私は今でも時々リエのことを思い出します。

今では連絡をとっていないし、彼女のSNSの投稿も途絶えています。

 

彼女のSNSの投稿が途絶えたのはずっと前のことですが、それと彼女の余命が短いことを結び付けて考えたことはありませんでした。

今日、この記事を書くために久しぶりに彼女のSNSを見にいって、やはり更新されていないのを確認しました。

 

そのとき、死という単語が私の頭に浮かびました。

もしかしたら、彼女はもう亡くなっているかもしれない。

 

そう感じました。

 

リエがその後どうなったのかは分かりません。

しかし、渋谷で友人と遊んだあの日の出来事は私に強烈な印象を与えました。

 

あのときの私の感情を一言で表すなら「無力感」だと思います。

 

目の前に病気の人がいても自分にはどうすることもできない。

私はただ彼女の生きる意思の強さに驚くばかりでした。

 

あのとき、私は彼女の命を救いたいと思いました。

決して大袈裟な表現ではありません。

 

もしその場にいたら、誰もがそう感じたでしょう。

 

でも、私は医者ではないので病気のことは分かりません。

もし医者だったとしても治せない病気だったかもしれません。

 

余命宣告を受けたなら症状がかなり進行しているはずだからです。

 

ただひたすら命を救いたいと思いました。

 

しかし、彼女は自分の死に対して悲観的ではありませんでした。

私が「人の命を救いたい」などと偉そうなことを思っていても、本人は気にしていないかのようでした。

 

私は死ぬということについてあまり深く考えたことがなく驚くばかりでした。

しかし、彼女にとって死とは既に自分の中で十分に考えたことであり受け入れたことのようでした。

 

死ということに対して彼女の考えは私のはるか先を行っており、私が同情するような浅薄なものではありません。

 

もちろん誰だって死ぬのは怖いし死にたくはないでしょう。

しかし、それでも現実と向き合って死を覚悟した人の前で「救いたい」などというのは失礼なのではないかとさえ感じました。

 

彼女はきっと、救えるとか救えないとかそういった次元ではなくもっと違うところにいたような気がするのです。

 

私は医者ではありませんから人を救うことについて語る資格はありません。

しかし、死を覚悟した人に残るのは他者による救済ではなく己の信念だと感じたのでした。

 

私が勝手に無力感を覚えていた一方で、彼女は前向きに生きていました。

私には生とか死を語る資格はないのかもしれませんが、とにかく彼女の前向きな姿勢は印象に残っています。

 

いまふと思い出したのですが、彼女が語っていたことのなかで印象的だったのは家族の話です。

彼女には母親と妹たちがおり、家族を気にかけていました。

 

自分の人生が残り少なくなったなかで、自分のことだけでなく家族のことも考えられるというのはすごいことだと感じます。

 

その日からだいぶ年月は経ちましたが、目の前の人の命を救うことができないという無力感は今でも私のなかにあります。

しかし、私は究極的には人は無力だと思うのです。

 

私はこれまで自分の人生は自分で選ぶことができると思っていました。

しかし、人はいつ病気や事故に遭遇するか分かりません。

 

だから、自分では選べないこともあるのだと感じました。

 

また人間は無力だからこそ助け合うし、無力だから一生懸命生きようとする。

そう思いました。

 

そう考えると、今日という一日は尊いものだとわかりました。

 

これまで自分は周りの人に何かプラスの影響を与えることができていただろうか。

そう考えました。

 

もちろん、人はただ生きているだけで素晴らしいものだと思います。

しかし、心身ともに健康なのになんとなく生きていくのは勿体ないと感じたのです。

 

その日から、私は少しずつ変わったのだと思います。

とはいえ、いきなり何かすごい業績を残すことはできません。

 

だから、毎日少しずつ行動を変えることにしました。

 

ふだんやらないことに挑戦してみる。

家族や友達との関わり方を見直してみる。

 

そういった心がけをしました。

その結果、友達から面白いイベントに誘ってもらえたり家族との仲がよくなったりと変化がありました。

 

私はこの経験から、自分の人生を自分らしく生きていくことを学びました。

 

私が変われた理由は、人生は有限だという事実を直視したことだと思います。

 

目の前の勉強、仕事、家族や友人との関係。

その全てが自分次第だと気づいたのです。

 

私にとって、目の前の人を救えなかったという無力感はショックでしたが、そこで衝撃を受けたからこそ主体的に生きることができたのだと思います。

 

この記事から何かを感じて頂けたら幸いです。

コメント