大学に入ってから正直辛いこともあったけど、なんとか生きてます。

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大学に入ってから正直辛いこともあったけど、なんとか生きてます。

今回の記事は、私の近況報告です。

導入

最近このブログを、Google検索から記事を見てくださる方が増えており、大変嬉しく思います。

このブログを始めた頃は、友人に記事のリンクを送信し「この記事読んで感想教えて!」と言っていました。

そうでもしないと、本当に誰もからも読まれない記事がありましたから。当時は。

そう考えると、記事を沢山の方に読んでいただけて光栄です。

また、ここ半年くらいはツイッターやYouTubeから知り合った方にも見ていただけているようで感謝しています。

近況 : なんとか生きてます

さて、私の近況ですが、まあ「なんとか生きている」というのが正直なところです。

こんな書き方をすると読者の方に心配されるかもしれませんが、生活はなんとかなっています。

今は大学生で、親に養ってもらっています。

2022年の3月には家を出て働き、一人暮らしをしようと思っています。

ただ、就職先が見つかるかどうかという不安はありました。

大学に入るまでの話と、入ってからの話

私は元々「起業したい」と思っていました。

中学生くらいのときに起業家に憧れて、高校生のときも起業家が夢でした。

ただ高校生のときはどうやって商売をやったらいいか分からなかったので

とりあえず商売の仕方を学べそうな学部ということで今の大学・学部に入りました。

しかし、いざ大学で経営学などの授業を受けてみると、自分にとって起業はハードルが高いなと思いました。

というのも、やりたいことがある人は高校生で既に起業していたのです。

私のように「これといって取り組みたいテーマはないけれど、なんとなく起業したい」という人は"wanna be"と呼ばれていました。

"wanna be"っていうのは「何者かになりたいけれど、どうしたらいいか分からない」人のことです。

私もそんな感じの、曖昧でぼんやりとした人間でした。

自分探しの旅

それで、大学1年の春から大学3年の秋まで、自分探しみたいなことをしていました。

しかし、親に高い学費を払ってもらって大学でやったことが自分探しというのは申し訳なく思っています。

例えば医学部の人は医学の勉強をするし、法学部の人は法律の勉強をするのに、自分は専門を見つけられませんでした。

大学の授業の成績も、興味のある講義とそうでない講義で差があったりして、あまり褒められたものではありませんでした。

ただ、3年の夏くらいになってやっと、自分の興味のあるテーマがおぼろげながら浮かんできました。

おぼろ

それが、進化心理学でした。

結果としては自分探しの旅は終わりました。

一応、研究テーマが見つかったために、なんとか自分探しの旅にも意味があったと言えそうです。

ただ、研究テーマが決まったというのはあくまで研究のスタートラインに立ったということですから、ここからが本番です。

実際の研究はひたすら地道な作業の繰り返しですね。

自分探しの副産物

それで、自分探しをしていて研究テーマが見つかったのはよかったのですが、思わぬ副産物もありました。

それが、自分自身の内面的な成熟です。

YouTubeでも少し話しましたが、内面的な成熟の必要性に気づけたのは大学に入ってよかったことの一つです。

もちろん大学に行かずに高卒で就職しても、内面が成熟している人は沢山います。

というか、高校卒業後すぐに就職した知人は立派な社会人になっていました。

私は、大学進学によって大人になることを先延ばししていたというわけです。

高卒でも大卒でも、就職活動の前後で社会人と接して大人になっていくんだろうなというのが私の見立てです。

だから、内面の成熟をするのに大学に行く必要はないかもしれません。

しかし、私は大学に行ったことによって自分の内面的な成長を言語化することができました。

私は個性が強いため、若干人とのコミュニケーションが苦手なこともありますが、それでも内面の成熟に関しては哲学的に考えることができたのです。

コミュニケーションに関していうと、高卒で就職した人たちは明るくて陽気な人が多いのに対し、大学に行った人は陽気だったりそうじゃなかったり色々だなと思います。

私もあまり陽気な人間ではなかったのですが、大学に入ってからはだんだん明るい性格になってきました。

辛さの構造

この記事のタイトルに「大学に入ってから正直辛いこともあった」と書きましたが、その辛いことというのは、自分の内面と向き合うことです。

だいたい、人間関係がうまくいかないときは相手が悪いのではなく、自分に問題があるのだと気づいてから辛くなりました。

それまでは、自分の思い通りにことが進まないと他人や環境のせいにしていたのを、全て自己責任だと思うようになったのです。

もちろん他責思考はよくないのですが、自責思考を突き詰めるのもまた危険だということが分かりました。

また、他責思考をやめたというのは、私の自閉的な世界観が崩れ始めたということの表れでもあります。

自己中心的なものの見方をやめたとき、自分を少し客観視できるようになりました。

しかし、それは自分の決して美しくはない姿を直視することでもあったのです。

最初にブログ記事を書いたときや、最初にYouTubeに動画を投稿したときもそうでした。

最初の記事は、もうブログ自体消えてしまったので見られませんが、まあ酷かったです。

独りよがりのつまらない文章を書いていました。

改行も全然しないから読みにくいとか、そんな感じです。

YouTubeの最初期の動画(削除済み)もそうですね。

視聴者のことを全く考えず、ただ自分の主張を喋るだけという動画でした。

その動画は再生数が全然伸びずに低評価がついていたりして、なかなかショックを受けました。

しかし、そんな私でも友人、知人からの辛口レビューを受けてだんだんと読める文章が書けるようになったのです。

YouTubeの方も、少なくとも数人の友人からは面白いと言ってもらうことができました。

精神面の発達

こうやって振り返るとですね、人は発達するのだなと思います。

発達というのは、発達障害とかの「発達」のことです。

これまで人間の成長に関して支配的だった考え方だと、人は20歳まで成長すると言われていました。

しかし、「人は20歳をすぎても発達する」という考え方、成人発達理論が最近普及してきているらしいのです。

発達障害なんかはまさにそうで、各能力によって発達に凹凸があるのが発達障害ではないかと私は思っています。

発達障害の人も、人生経験を積み重ねる中で少しずつ発達していくのではないでしょうか。

なんとかなる

まあ、結論としては、生きていればなんとかなるんじゃないかってことです。

もちろん、人によって事情は様々なため無責任なことは言えませんが、少なくとも私1人は生きていけると思います。

私は性格上、自分を犠牲にしてでも他者を救いたいというところがあって、他者を助けようとして自分も他者も両方沈んでしまう可能性を孕んでいます。

私はそういう人間ですから、「まずは自分が助かる」ということが非常に重要なわけです。

それで、"自分が確実に助かっていて、まだ他者を助ける余裕があったら" 他者を助ける。

最近はそういう考え方になってきました。

まあ、助かるかもしれない人を見捨てるのは辛いけれども、自分が死んでしまったら元も子もないですし、それは社会全体としてはマイナスですからね。

そういう割り切りというか、合理的な考えをすること自体も私の愛とか勇気みたいな信念とは折り合いがつくのかどうか分かりません。

しかし、それでも前に進んでいくしかありません。

進み続けるということ

私の好きなアニメ『進撃の巨人』に、以下のようなセリフがありました。

俺はここで初めて同胞を蹴落とした日から、お前は妹を連れて壁の外に出た日から、その行いが報われる日まで進み続けるんだ。

死んでも、死んだあとも。

これは、お前が始めた物語だろ。

このセリフの解釈ですが、全く罪のない人なんていないし、誰もが罪を背負って生きているということがまずあると思います。

そのうえで、罪を背負った人は、その行いが報われる日まで進み続けるのです。

これはキリスト教的な世界観ですから、受け入れるかどうかは人によりますが、僕は好きです。

「こういう考え方の人もいるんだな」くらいに思っていただけたら幸いです。

私も "いま本当に辛い" という人に対しては「これは、お前が始めた物語だろ。」なんて言いません。

でも私はこの言葉に救われました。

中途半端に慰められるより、己の運命を受け入れる方がよかったんです。

なんとなく、「絶望のないところには希望もない」というのに似ていますね。

絶望を受け止めたとき、希望が生まれるという逆説です。

「落ちるところまで落ちたら、あとは上がるだけだ」って高校の友人も言っていましたから。

…というわけで、大学に入ってから正直辛いこともあったけど、なんとか生きてます。

それと、付け加えるならば、私は今の大学に入ってよかったと思っています。

辛いことは沢山ありましたが、その分精神年齢が上がって大人に近づくことができました。

そういう意味では、今の大学にはとても感謝しています。

生きていれば辛いこともあるけれど、長期的には上向くこともあると信じています。

一緒にやっていきましょう。

こっからっす!

こっからっす

最後まで読んでいただきありがとうございました。

また次の記事で読者の皆さんにお目にかかれることを楽しみにしております。

では!

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