パンドラの箱

人生

こんにちは。Yです。

今回のテーマはパンドラの箱。

最近、パンドラの箱という言葉について考えるようになりました。

パンドラの箱は、ギリシャ神話のお話の一つです。

簡単に紹介すると、こんな話です。

まず、プロメテウスという神が、天界の火を盗んで人類に与えました。

すると人類は火を使って武器を作り、戦争を始めました。

これに怒った主神ゼウスは、人類に災いを与えるために、ある女性を地上に送り込みます。

この女性がパンドラで、パンドラは箱(壺)を持っていました。

この箱には何が入っているかわからなかったため、箱を開けるべきではないと考えられていました。

しかしパンドラは、好奇心に負けて箱を開けてしまいます。

パンドラが箱を開けると、箱の中から色々な災いが出てきました。

この災いとは、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などのこと。

そして最後に、箱には希望が残ったそうです。

パンドラの箱の話は、今の世の中にも当てはまるかもしれません。

新型コロナウイルスは、まさに疫病です。

そして、コロナ禍で悲嘆や欠乏も発生しているかもしれません。

私も、コロナ禍の長い自粛生活で体力が落ちてきて困っています。

コロナ禍は大変なことで、医療従事者の方々の苦労はSNSでも毎日のように見ています。

しかし、パンドラの箱の話では最後に残ったのが希望でした。

コロナ禍でも、希望がないわけではありません。

コロナがきっかけで社会がより良くなったこともあるでしょう。

日本はある時期までは科学技術の国だったはずなのに、気付いたらIT革命でアメリカに遅れを取りました。

それが、コロナ禍でIT化が進んだ場面もあると思います。

もちろん業界・職種によってはリモートワークができないところもありますが、私の周りではリモートワークをする人が増えました。

私は元々コロナ禍以前から、業務委託(バイトとかインターンみたいな形態)で働いていた会社ではリモートワークをしていました。

だから、もっとこの働き方が広まってほしいと思っていたのです。

コロナ禍で仕事自体は大変になったかもしれませんが、この機会に働き方の自由度が上がるといいですよね。

そういった意味では、働き方の自由度が増した人にとっては希望もあったのではないかと思います。

何より、家族との時間が増えてよかったという人もいるでしょう。

また、学問の世界では日々新しい理論が生まれています。

私が学んでいる分野でも、古い理論を新しい理論で置き換えていく作業が進んでいます。

その過程では抵抗もありますが、長い目で見れば新しい理論が浸透していくのではないかろ思います。

特に私の分野では、これまでの社会科学の常識を覆すような、斬新な考え方が出てきています。

これはまさにパンドラの箱です。

これは、従来の理論を採用していた人は災いだと感じるかもしれませんが、悪いことばかりではありません。

古い考えを新しい考えが超えて行くのは世の常ですし、その中でも本当に価値のあるアイデアは古くても尊重されています。

世の中の動きに善悪もないとは思いますが、少なくともパンドラの箱を開けたら最後に希望が残ったということは頭の片隅に置いておきたいのです。

パンドラの箱のエピソードで、「最後に希望が残った」ということの解釈は色々考えられます。

私は「絶望のないところには希望もない」と考えました。

パンドラの箱から出てきたのは絶望ですが、絶望的な状況を直視して初めて希望を持つことができるのだと思います。

希望は光に例えられますが、光は闇の中ではっきりと見えるものです。

闇の中に潜り、徹底して考え続けた人にしか見えない光が希望だと思います。

そういう意味で、絶望は希望の始まり、スタートラインなのではないでしょうか。

絶望して0になること、まっさらになることで濁りのない目で世界を見ることができる。

そのとき初めて余計なものに囚われることなく、澄んだ心で何かを感じることができるはずです。

その、感じた何かが希望の萌芽なのでしょう。

ただし、希望というのは無条件に与えられるものではなく、自ら未来を信じる者にのみ与えられるのではないでしょうか。

希望というのは、単なる願望のことを指すのではなく、未来を信じるという態度や、人としてのあり方に表れるものだと思います。

希望を何かに例えるならば、荒野に咲く花でしょうか。

最近は、冬が去って春が来たときのような感覚が希望なんじゃないかと思うようになりました。

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