【結論 : 発達障害ではなかった】高校数学から逃げた男がもう一度理系数学をやる

精神医学

はじめに

こんにちは、Yです。

今は大学を卒業して働いています。

私は、高校のとき数学が苦手でした。

今でも苦手意識があります。

一時期、自分が数学嫌いなのは発達障害のせいではないかと思っていました。

しかし、直接的には関係ありませんでした。

ここで改めて、いつから数学ができなくなったのか振り返ってみます。

数学から逃げた経緯

実は、小学校の算数の時点で計算が嫌になってしまいました。

そんな私も、高校では理数科に入り、理系として数学Ⅲまで習いました。

しかし、成績はかなり悪く、大学受験で数学を使うのは厳しいというレベルでした。

数学の先生にも驚かれるくらいできませんでした。

数学が異様にできないのは障害なのか

私は、英語と国語は割と得意だと自分では思っています。

そして、社会も苦手ではありません。

物理はできませんが、生物と地学はできる方です。

化学はまあまあです。

なぜ数学(と物理)だけができないのしょうか。

なぜ数学ができないのか考えているうちに、、発達障害の方が動作性IQと言語性IQの話をされていたのを思い出しました。

国語はできるが数学はできないという人がいて、その人は発達障害だというのです。

そして、知性にも種類があり、国語力と数学力は別の知性だというような話でした。

…これはまた小学生の親御さんの別の記事ですが↓参考までに

WISC-V 凹を発見!|Koffee|note
こんにちは。 今日は息子のWISC-Vの結果について書きたいと思います。 いきなり!?!? と思われた方はこちらをまずはお読みいただけると幸いです。 受検した時、息子は7歳になったばかりでした。 まず、全検査IQは90点、この値は知的発達水準を表し「平均の下~平均」の域だそうです。ここ...

"WISC検査は「言語理解」「知覚推理」「処理速度」「ワーキングメモリー」の4つの指標とIQ(知能指数)を数値化する検査で、その子の「得意な部分と苦手な部分」から「その子にとってより良い支援の手がかりを得る」ことを目的として行う検査です。   (杉並区公式HPより抜粋)"

そこで私は、大学で受けたカウンセリングのことを思い出しました。

私は大学に入ってから、1年生か2年生くらいのときに臨床心理士のカウンセリングを受けました。

すると、「あなたの悩みの原因は発達障害というより完璧主義ではないか」と言われました。

だから、まだ精神科に行ったことはありません。

たぶん、私は発達障害ではなく定形発達だと思います。

なぜ数学ができないのに大学に入れたのか

今の日本社会だと、私大の一般選抜の場合は数学ができなくても入学できる入試があります。

具体的には、英語、国語、社会の3科目だけの入試があります。

そして、私立大学の一般入試だとセンター試験(現在の共通テスト)も不要だったりします。

私はそのような入試で、そこそこ有名な大学に入れてしまいました。

数学ができないことのデメリット

大学名だけだと、とても社会生活に苦労している感じはしないので、悩みが理解されにくいです。

具体的に困ったのは、大学の数学系の授業でついていくのが難しかったことです。

必修で統計などを学ぶ必要があり、統計ソフトの扱いも苦手だったので大変でした。

また、就職活動ではSPIなどのwebテストが課されるのですが、やはり苦手でした。

私は就活中から、ツイッターなどで発達障害の方の情報発信を見ていました。

そのため、自分が算数・数学を苦手なのは発達障害的な何かと関係があるのではないかと思いました(仮説)。

そこで、なぜ算数・数学ができないのかを考えながら克服することにしました。

まだ結果が出ていないので、克服できるかどうかは分かりません。

これから毎日やっていこうと思います。

【結論 : 発達障害ではなかった】高校数学から逃げた男がもう一度理系数学をやる

注意点

まず、最初に書いたように、私は発達障害ではありません。

定形発達だと思います。

だから、グレーゾーンではない発達障害の方が読まれても参考にならない可能性があります。

また、私個人の体験談を書くことになるため、あくまでサンプル数1の話だと考えてください。

当然、私の体験が全ての人に当てはまるわけではありません。

もし発達障害と算数の能力について科学的な検証を求めるのであれば、論文を読んでいただければと思います。

↓医学論文の調べ方

https://www.lib.m.u-tokyo.ac.jp/manual/pubmedmanual.pdf

先行研究的なもの

発達障害と算数・数学の関係について、参考になった文献は以下のとおりです。

算数障害と論理的思考とワーメモ ストラテラ服用日記489日目|とらとらちっち|note
論理的思考にはワーキングメモリーが大きくないと出来なのではないかと考えている。 前提条件を脳内に保持したまま次の思考をしていかないといけないのが複雑な倫理的思考をするのに必要だと考えている。 私の場合、前提条件を保持できずにこぼれ落ちてしまう感覚がある。 なので、論理的思考をするのがとても苦手だ。 前提条件A、前...

この記事だと、ワーキングメモリが算数の能力と関係あるという仮説でした。

以下、この記事の大意のまとめです。

・論理的思考はワーキングメモリーが大きくないとできないのではないか。

・論理的思考のためには、前提条件を脳内に保持したまま次の思考をしていかないといけない

私も、この記事を読んで「なるほど」と思いました。

しかし一方で、私自身は算数障害(ディスカリキュリア)ではないなとわかりました。

つまり、そこまで重度の障害ではないし、私は一般的・平均的な知能の持ち主だということです。

私は少なくとも、小学校2年生の九九は学校より先にそろばん塾で習って覚えていました。

九九が覚えられないなら算数障害(ディスカリキュリア)かもしれませんが、私は違いました。

これまでの経緯の詳細

小学校時代

公立の小学校に通いました。

小学校のときは算数があまり好きではありませんでした。

小2くらいの時に、なぜ計算のスピードを競うのか意味がわからないと思いました。

そのため、計算のスピードで競うのをやめました。

小2くらいからそろばん塾に通いました。

効果があったかどうかは分かりません。

小4の時、本当に算数が嫌になりました。

当時は、嫌になった理由がよく分かりませんでした。

あとで母から聞いたところによると、小学校4年で抽象的なものごとを扱うようになるそうです。

抽象的なものごとを扱うのが苦手という意識は、今もあります。

中学校時代

公立の中学校に通いました。

集団塾に中2から行きました。

中2の時に数学ができなくなりました。

中3で高校入試の対策をしたのですが、公立高校入試の予想問題で、数学だけ全然点が取れませんでした。

他の科目は8割から9割くらいの点を取っていました。

理科もできていました。

高校入試本番では、あとで点数が開示されたのですが、数学が半分くらいしか取れていませんでした。

他の科目はよくできていました。

家族の反対を押し切って理数科へ

家から一番近い高校に進学しました。

家から一番近い高校=地元で一番偏差値の高い高校でした。

学科は理数科でした。

理数科と普通科があり、私は理数科を志望しました。

生物と地学が好きだったので、理数科に行ったら生物と地学が学べると思い、理数科を志望しました。

親からは、数学ができないのに理数科に行くと苦労するよと言われました。

高校時代

高校入学前

高校受験に受かると、高校から入学前の課題をもらいました。

私は春休みに、旅行先のホテルで数学の課題をやりました。

その課題の内容は、大半が中学の復習でした。

すると、内容の一部に高校の内容が含まれていました。

私はその課題の内容が一部難しくて理解できなかったからか、蕁麻疹になりました。

ストレス性蕁麻疹でしょうか。

ストレス性蕁麻疹は初めてなったので、驚きました。

やはり数学は苦手だなと思いました。

高校入学後

高校に入学して、最初の1ヶ月は授業内容も難しくなく、なんとかなりました。

しかし、課題をちゃんとやっていませんでした。

こうやって振り返ってみると、発達障害などではなく単に私が怠惰なだけかもしれません。

いつからか数学のテストで追試を受けるようになりました。

自分の取った点数が、基準点に満たないと追試を受けることになります。

この追試に落ちると、追追試があります。

普通の人は追追試まではいかないのですが、私は20人前後の追追試のグループにいました。

追追試というのは、追試に落ちた人が受けるものなので、あまり気持ちのいいものではありません。

だいたい追追試を受けるメンバーは決まっていて、会場に行くとよく見る顔があります。

しかも、追試は朝早く登校して受けるので余計にキツかったです。

マインドの問題

…まあ、高校は義務教育ではないのでみんな自由意志で通っているわけです。

教員からの「授業についていけないなら辞めろ」という無言の圧力(?)を感じることはありました。

もちろん、これは比喩というか大袈裟な表現ですが。

大学もそうですよね。

勉強についていけない人のための救済措置はあるけれど、救うのにも限度があると。

受動的な姿勢でやっていけるのは中学生までです。

そう考えると、自分は他人に甘えて暮らしていたのだなと思います。

成績が低迷

少々話が逸れましたが、とにかく数学の成績は酷かったです。

数学はだいたい赤点でした。

成績は10段階評価の2です。

10段階評価のうち、1と2は赤点になります。

私は出席だけはしていたので、1にはなりませんでした。

ただ、不登校などでない限り、基本的に1はつきません。

毎日登校している限り、2が事実上最低の成績でした。

赤点を取ると、ちょっとした異常者という目で見られました。

高校での課外活動

高校に入ってから、生徒会に入ったのですが、生徒会の活動は楽しかったです。

自分の場合、生徒会の活動と数学の成績は全く関係ありません。

しかし、生徒会活動を言い訳にして勉強から逃れていた部分はあったと思います。

もちろん生徒会には優等生もいます。

私も、もともと生徒会=優等生というイメージでした。

一方で、生徒会室は普通の部活に居場所がないと感じている人たちのたまり場にもなっていました。

高2の夏までは生徒会と部活が中心の生活でした。

部活は文化部でした。

高2の秋・冬は理数科課題研究をやっていました。

受験勉強

高2の秋くらいから大学受験を意識した勉強を始めました。

受験勉強については、数学を受験科目に使うことを早々に諦めました。

国公立大学を受けるためには、一次試験としてセンター試験(現在の共通テスト)の受験が必要でした。

私はセンター試験の数学もできなかったので、国公立大学は志望しませんでした。

行けるなら海外の大学か東大に行きたかったです。

なぜ海外大を目指さなかったのか、いまだによくわかりません。

根拠もなく、どうせ無理と思っていました。

というか、やりたいこともあまりはっきりしていなかったので、大学に行く意味がわかりませんでした。

高卒で起業したいという気持ちもありましたが、とりあえず大学に行ってから就職するのもありだなと思いました。

大学受験

大学は慶應義塾大学を受けました。

医学部や理工学部のような難関の学部ではなく、比較的入りやすそうな学部を受けることにしました。

入試は難しいといえば難しいのですが、医学部や東大の入試と比べれば難易度は低いです。

受験勉強は自分なりには努力したつもりでしたが、もっと一生懸命勉強して医学部や東大を目指してもよかったかもしれません。

今思うと、(大袈裟に言えば)躁鬱みたいな不健全な精神状態だったかもしれません。

何にもやる気がない、というと嘘になりますが、素直な性格ではありませんでした。

当時の私は省エネ人間というか、完璧人間でした。

失敗を恐れているので、0か100かという極端な思考で、失敗するくらいなら挑戦しない方がいいと思っていました。

だから、同級生が医学部や東大を目指していても自分はついていけませんでした。

もちろん、無理に東大を目指す必要はないのですが、家族・親戚に高学歴の人がいたのでプレッシャーは感じていました。

そんなわけで、慶應の入りやすそうな学部を受験して合格しました。

数学以外の科目は、英語が比較的できたので英語で得点を稼ぐスタイルでした。

ただ、大学受験で数学を使わなかったのは相当コンプレックスになりました。

数学コンプレックスというより、自分の弱点から逃げたことが恥ずかしかったのだと思います。

大学時代

大学生活はけっこう充実していたのですが、精神的には苦しいこともありました。

自分は恵まれた環境で育ってきたので、他者に甘えてしまうところがありました。

共依存の相手を探してしまうような感じです。

発達障害ではないですが、自己愛性パーソナリティ障害なんじゃないかと思うこともありました。

とにかく自分が変わり者だということは理解していて、「普通になりたい」と言っていました。

大学生活の途中で、発達障害という概念に囚われました。

実は高校生くらいから、自分が発達障害なんじゃないかと思ってはいました。

しかし、友達に相談しても「大丈夫だと思う」という返事だったのであまり気にしませんでした。

大学に入ると、周りは気が利いてコミュニケーション能力が高いと思いました。

もちろん変わり者もいるのですが、変わり者ほど不登校になったり辞めたりしていなくなっていきます。

大学生活の中盤から、変わった人、面白い人ほど休学や退学でキャンパスにいなくなっていきました。

そうすると、割とまともな人が多いコミュニティになってきて、私のような変わり者には居辛い感じになってきます。

やはり、平均的に対人の基礎能力が高い集団にいると、自分が浮いているのを感じました。

それで悩んだのだと思います。

なぜ算数・数学ができないのか

ここまでの人生の振り返りを踏まえて、なぜ私は算数・数学ができないのでしょうか。

まず、できないとはどういうことか考える必要があります。

例えば、数学オリンピックに出場した人が「私は数学ができない」と言っていても、その人は平均的な人よりは数学ができるはずです。

逆に、高卒の人が「数学ができる」と言っていても、工学系の大学院で博士まで行った人よりはできない可能性が高いです。

その意味で、私がどの基準で「できない」と言っているのか明らかにします。

私は、小中学校は地元の公立に通っていました。

田舎の公立というのは色々な人がいます。

色々な習い事をやっているような裕福な家庭から、ヤンキー系のそうでない家庭まで本当に多様です。

その中だと、私は勉強ができる方でした。

勉強ができるというか、テストの点が高いという感じです。

コツコツ努力することはあまりなく、学校の宿題に加えて塾や市販の教材をやっていただけでした。

多分、親からの学力の遺伝と真面目な家庭環境がテストの点に現れていたのだと思います。

もちろん努力をしないわけではないですが、中3以外はあまり努力したという実感はなかったです。

そんな環境だったので、数学が「できない」というのは高校に入ってからの話になります。

*そこそこ偏差値が高い学校の理数科で「数学ができない」といっても、日本人の平均よりはできているかもしれません。

そもそも日本人の大学進学率を考えると、「私はそんなに数学ができないのか?」という疑問は湧いてきます。

数学ができなくて困ること、実害はあるのか

じゃあ、具体的に数学ができなくて困ることがあるかというと、あまりないです。

日常生活で困ったことはほとんどありません。

もっとお金がほしい、給料の高い仕事をしたい、と思ったときに障壁になるくらいです。

例えば金融業界に行きたい、証券会社でクオンツになりたいとか。

GoogleでITエンジニアとして働きたいとか。

そういった数学や情報を扱う仕事に就こうとすると数学が必要になります。

あとは、数学ができなくて困ることといえばコンプレックスでしょうか。

Twitterを見ていると、学歴厨みたいな人もいて、そういう人の投稿(「私立文系は頭が悪い」

など)を見ると辛くなることもあります。

「数学できない問題」の核心に近づく

なぜ数学ができないのかという問いに戻ると、その理由の一つは勉強量が圧倒的に不足しているからだと思います。

そして、なぜ勉強量が不足しているかというと、やる気がないからでしょう。

なぜやる気がないかといえば、「現状で困っていないから」です。

必要性、緊急性を感じないから勉強をしないのでしょう。

私自身、数学ができないことに対する危機感がないのですね。

だから、なんとなくコンプレックスということで片付けているのでしょう。

実は「勉強はあまり好きではないし、しなくていいならしたくない」というのが私の本音かもしれません。

それなのに、勉強が必要な高収入の仕事に就きたいと思っています。

そのギャップが悩みになるという可能性があります。

つまり、「お金持ちでありたい、かっこいい人間でありたい」という理想と、「そのための努力はしていない」という現実のギャップに問題があります。

だから、数学をできるようにして高収入の仕事に就くか、高収入の仕事に就くことを諦めるかというのが選択肢として出てきます。

私はお金が欲しいので数学の勉強をがんばろうと思います。

しかし正直、お金だけではモチベーションが続きません。

だから、コンプレックス解消という動機もあります。

数学ができる人や、論理的思考力が高い人には憧れますからね。

もっというと、頭の回転が速い人が好きです。

東大のサークルで出会った知り合いには「1を聞いて10を知る」みたいな頭のいい人がいて憧れました。

とりあえず数学の勉強をこれからもやっていきます。

改善のためにこれまでやってきたこと

大学受験の前に、受験勉強のやり方を解説する本を読みました。

数学ができない人は、わからなくなった地点まで戻って復習することがおすすめされていました。

高校生の時に、中学の数学はやり直しました。

しかし、さすがに小学校の算数はわかるだろうと思っていました。

結局、高校生のうちは数学ができるようになりませんでした。

大学に入ってから、やはり小学校の算数をやり直す必要があると思いました。

小学校の算数も、本を買ってやり直しました。

やり直したことにより、理解が深まりました。

その後、小学校と中学校の算数・数学がわかるようになったので高校の範囲を復習し始めました。

高校の範囲は、マセマの「初めから始める数学Ⅰ」から手をつけました。

「理解」を徹底重視した初心者に優しい参考書

この本は意外と読み進めるのに時間がかかりました。

何しろ、高校生が本業としてやっていることを大学生が片手間でやるので大変でした。

普通に大学の授業や課題、バイトもあったのであまり進みませんでした。

それに、あまり面白いと思えませんでした。

やはり、高収入の仕事を目指すという動機ではモチベーションが継続しなかったのかもしれません。

付け加えると、数学ができなくても今の大学に入れていて、もっと上を目指す気持ちがなかった可能性もあります。

高校数学もやり始めたものの、数ヶ月で辞めてしまいました。

就職活動もなんとかやりました。

きちんと働けるか自信はありませんでしたが、正社員になれそうな会社を受けました。

内定はいただけました。

そうこうしているうちに4年生の秋学期になり、もう卒論で頭がいっぱいでした。

今後の展望

今後の展望を書きます。

最近、数学の勉強からはしばらく遠ざかっていましたが、代わりに医学に対する興味が湧いてきました。

医学部に行って医学の勉強がしたいと思い、それなら数学が必要だと思いました。

医学部に行きたいと思ったのも、大学生活で出会った人で医学部の人がいて、その人の生き方に憧れたからです。

その人は結構な努力家で、受験生のときは一日10時間以上勉強していたそうです。

私は10時間以上も(ほぼ毎日!)継続的に勉強したことはあまりないので、その人をすごいと思いました。

もちろん頑張る対象は受験勉強でなくてもいいのですが、とにかく継続的な努力ができる人間になりたいと思いました。

その対象として、医学部受験はいいと思いました。

もちろん、医学部を目指す理由として人の命を救いたいという気持ちも大いにあります。

実際、知人(渋谷の路上で会ったお姉さん)が病気で亡くなった時には自分の無力さを感じました。

しかし、本音のところでは、憧れの人に近づきたいという気持ちがありました。

私の勉強が続かなかったのは、「憧れの人に近づきたい」という本音を忘れ、「人の命を救いたい」という、どちらかというと建前的な理由が前面に出たからだと思います。

やはり人は建前では動きにくいもので、自分の本音を認めることが大事なようです。

そんなわけで、これからは憧れの人に近づくためにも数学の勉強をやっていこうと思います。

今の大学を卒業する目処が立ったので勉強を再開します

今の大学を卒業できる目処が立ちました。

卒論ももうすぐ終わるので、無事に卒業できそうです。

数学の勉強も再開しました。

相変わらず「初めから始める数学Ⅰ」と「元気が出る数学Ⅰ・A」をやっています。

まあ、自分に合った難易度なので楽しいです。

自分は数学ができないんだと認めるところから始まると思っています。

千里の道も一歩からということで、一歩ずつやっていきます。

追記1: 2022/7/24

近況

2022年の3月に大学を卒業しました。

無事に卒業できてよかったです。

4月から会社で働いていて、仕事は大変ですが生活全体としては充実しています。

今は東京に住んでいていて、家からそう遠くないところの自習室を契約しました。

高校生や浪人生は塾・予備校の自習室を使うのですが、私は塾や予備校には行っていないので自習室だけ契約しました。

今のところ、就職してから3ヶ月経っていますが勉強はあまり進んでいません。

会社の同期や、就職以前からの友人・知人と遊ぶのが楽しくて勉強から離れていました。

就職直後は初めての一人暮らしだったこともあり、生活に慣れるので精一杯でした。

ここからが本番

最近、会社も一人暮らしも3ヶ月経って慣れました。

7月からは遊びをやめて勉強に専念すると決めているので、毎日自習室に行こうと思います。

週に一度だけ決まった遊びの日があるのですが、その日も遊びの後は自習室に行くことにします。

「自習室に毎日行って、受付の人と話す」

まずはここから習慣化したいです。

自習室に行きさえすれば、周りの人もみんな勉強していて勉強をサボれません。

私みたいな家だとサボってしまう人は自習室に行くことが大事です。

これからも精一杯やって行きますので、応援よろしくお願いします!

追記2

この追記2は追記1を書いたのと同じ日に書いています。

なぜ数学ができなかったのか、改めて考えていました。

やっぱり、数学ができないのは私自身のマインドの問題もありそうだなと感じました。

以下の動画を見て、数学ができる人は問題を解くときに沢山手を動かしているのだろうなと思いました。

私はプライドの高さからか、問題用紙にメモを書いたりするのが嫌なのかもしれません。

完璧な答案を作りたいから、回り道したくない。

ある瞬間完璧な解答が天から降りてきてスラスラ書けるっていうことを夢見ていたのかもしれません。

ワーキングメモリーについて再考する

ここで最初の方に書いた先行研究のまとめを再掲します。

・論理的思考はワーキングメモリーが大きくないとできないのではないか。

・論理的思考のためには、前提条件を脳内に保持したまま次の思考をしていかないといけない。

これを見るとワーキングメモリーは大きい方が便利そうです。

しかし、人類の進化という意味で、本当にワーキングメモリーは大きい方がいいのでしょうか。

私は、ワーキングメモリーだって大きすぎると逆に問題があるから、今のサイズになったのだと思います。

なぜなら、ワーキングメモリーに当たる機能を提供している部位は、脳の中でけっこうリソースを使っているはずだからです。

ここでいうリソースとは、神経細胞を動かすのに必要な酸素とエネルギー、それらを運ぶ血液、そして時間です。

自分のワーキングメモリーが少ないと感じる人は、ワーキングメモリーに資源を使わない代わりに別のことに資源を使える可能性があります。

例えば、問題用紙にメモを書きまくるとか。

ワーキングメモリーが小さい人も、問題用紙のメモを脳の一部として考えたら実質的な思考の容量や処理速度が向上するかもしれません。

そして、順序だった思考が苦手な代わりに、突飛なアイデアを出せるかもしれません。

だから、ワーキングメモリーが小さい=悪とは言い切れないです。

あとは、ワーキングメモリーはトレーニングすると大きくなる可能性があります。

脳の可塑性を信じるならば、よく使う機能は発達するとも考えられます。

完璧主義とプライドの高さが原因の一つ?

だいぶワーキングメモリーで脱線しましたが、話を数学の問題の解き方に戻しましょう。

実際に数学の問題を解くときは、試行錯誤しながらやっていくわけですね。

しかし、私は失敗を恥ずかしいと思っているので試行錯誤ができなかった。

試行錯誤ができないという意味では、ASDの柔軟性のなさとも近い気がします。

発達障害云々とかではなくて、やはり大学のカウンセラーの方に言われた「完璧主義」が勉強の上では良くなかったのでしょう。

単調な作業が苦手な性格との関連

あとは、自分が単調で無味乾燥な作業が苦手という性格も影響しているようです。

以前プログラミングの勉強をしたときに、プログラムを実行するとエラーが出てきて、そのエラーをすぐに解決できないとイライラすることがありました。

エラーが出てくると嫌なのは大体みんなそうでしょうが、中にはエラーが出るとワクワクして、「俺には伸び代がある」と思える人もいるのかも。。。

そして、エラーの原因をネットで検索しても解決策が出てこず、メンターに相談するのも面倒だという環境だと学習が止まってしまいます。

この経験から考えると、答えがネット検索で出てくるレベルの学習ならばプログラミングよりは良いですね。

(高校数学の典型問題、例えば教科書の例題レベルの問題ならYahoo!知恵袋よくに出てきます)

今数学を勉強するなら、プログラミングよりはマシと思えるので耐えられそうです。

あとは、数学は車の免許の試験みたいなひっかけ問題も少ないですし。

とにかく負荷を減らすことと負荷に慣れることの両方をやっていこうと思います。

伸び代しかない!!

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