機械的な人生観で生きてきた時代の振り返り

人生

最近、自分は機械的な人生観で生きてきたのだと思うことが多いです。

機械的というのは、何か目的があって、その目的のために人生を手段にしてしまうことです。

ここでは、人生とは私たちが生きる時間のことだとしましょう。

私の場合、人生で幸せになる方法を考えるとお金が必要で、結婚して家庭を持つことが必要で…

というように幸福の条件が出てきます。

しかし、条件を満たしたからといって幸せになれるとは限りません。

お金持ちを目指すとキリがないし、家庭を持ったからといって必ず幸せになれるわけではないのです。

何か遠い将来の目的のために今を犠牲にするという考え方は、今の時代にはそぐわないように思います。

今が辛かったら、将来幸せになったとしても後悔が残ります。

だったら今を楽しむことが大事なんじゃないかと思うわけです。

一方で、機械的な人生観だったからこそ世間的な意味での成功者に近づけたという面もあります。

ある程度機械的な人生観でうまくいったものの、その後行き詰まったという感じです。

具体的には、高校受験まではうまくいったものの高校生活がうまくいきませんでした。

そこから大学受験、大学生活と暗めな時代が続きました。

将来のために今辛いことに耐えていると思ったら、それは本当に将来の幸福につながっているのか考えてみるのが大事だと思います。

将来、もし幸福でなかったら無駄な努力になってしまいます。

おそらく、幸福は過去にも未来にもなく今にしかないでしょう。

過去を振り返って幸福なのも、未来を想像して幸福なのも、それを知覚する脳や神経は今にありますから。

月並みな感想ではありますが、今自分が幸福かどうかを問うことが重要なようです。

最近やっと、それに気づけて自覚できるようになりました。

たぶん、高校生くらいで薄々気づいてはいたんですが、言語化できていなかったです。

あるいは、認めるのが怖かったか。

もし努力が報われなかったらと思うと恐ろしいですからね。

でも、努力が報われるとは限らないことを知り自分の意思で生きていく方がいいでしょう。

私たち人間は生物であり機械ではないということが再確認できました。

生き物として生きていくというのが鍵になりそうです。

古代ローマの哲学者セネカも「心の平静」が大事だと言っていました。

生き物には生き物のリズムがあり、ゆったりと構えるのがいいのだと思います。

ライオンだって狩りをする時と子育てをする時以外は寝てますからね。

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