「お客さん」にならずに主体的に生きたいと思った

人生

「お客さん」という言葉を皮肉で使うことがあります。

何かの講習で、生徒がただボーッと授業を聞いているだけの状態を指す言葉です。

気づいたら、自分もそうなっているんじゃないかと思い怖くなりました。

私はいま大学生ですが、大学に入ってからあまり勉強してこなかったことを後悔しています。

大学も、学生に勉強のやる気がなくても本人が留年するだけです。

大学側としては、学生みんなに勉強のやる気がないのは困りますが、1人や2人やる気のない学生がいても困りません。

なぜこの話を書こうと思ったかというと、私立大学の文系学部の価値が気になっていたからです。

私立文系は入試も比較的簡単で、学ぶ内容も特別難しいことはありません。

国立理系の人から見ると、私立文系はなぜそんな楽なのかという疑問は出るわけです。

で、考えてみたんですが、私立文系で学生が楽なのは学生が「お客さん」だからじゃないかということを思いつきました。

学生には主体性がなく、親が学費を払っていてなんとなく進級・卒業していく。

就職先も親から遺伝した知能や文化資本で決まっていく。

圧倒的に本人の努力が求められる国立理系とは違う人生を送る人が多い。

そんな私立文系は、やはり「お客さん」だと思います。

私立の総合大学だと、文系学部で学費を集めて理系学部に投資することがあります。

医学部や大学病院を持っている大学は特にそうです。

要は、医学部や理工系の学部が本命で、文系学部はお金集めの装置になっているのです。

もちろん、それはあくまで経営的な視点での話になりますが、一定の説得力はある話だと思います。

自分が「お客さん」になっていないか、考えることが大切だと思います。

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